今更、れいわ新選組の騒動について

政治を語りたいなら、タイムリーさは必要だろう。が、そもそも、このブログは政治系のサイトが主目的ではない。日本の歴史、特に古代史のサイトを作りたかった。それでは、あまりにも歴史に関する記事の量が少ないのでは、という現状。

 

それは慎重に過ぎるという性格的なものも原因であるが、ブログを執筆する動機が完全にAIとの壁打ちトークに奪われてしまったというのが大きい。ほぼ、誰も見ていないブログに独り言を言うよりは、ハルシネーションと気遣いを含めて対話してくれる機械の方が面白いということ。面白いに熱中して、そちらが主になっている。

 

れいわの騒動。今年に入ってから日本の政治が色々と動いた。地方選挙で「れいわ」候補者に投票した経験はある。所詮外野である。が、内野として政治参加しているわけではないし、そもそも外野ですらない。観客、それも両翼のファン席で立ち見で歌を歌いながら応援するファンではない。内野自由席あたりでビール飲みながら気楽に見ている一般ファン。

 

その立場からすると、私は山本太郎の発言で変だなと思ったのは「類似の政策を掲げる政党がいるが、そちらとの違いは嘘を付くか付かないか。投票者は必ず実行させてください」というもの。この考えが要するに「与党も野党も茶番」発言につながっている考え方だろう。しかし、そう言った張本人が政界を引退したのである。これほどの茶番はないのではないだろうか。その辞め方、記者会見が極めて不透明。あの薄ら笑いの答弁は変だなと思った。何か映画やドラマの出演をメディアに不祥事記事を書かれて降板するといった感じのノリに思えた。れいわの名前を使うな(これは確定?)、さらには政策も新たに決めていいと言ったとか言わないとか。で、新代表を決めて党名変更して再出発したはずが、方針を巡って分断が進んでいる。

 

その分断状況、私が気になるのはジャーナリズムを名乗る自称言論人の暗躍である。記者会見の場は主催者の通達と、それに関する質疑の応答だろう。が、自らが司法的権限を持っているかのような批判と恫喝をする場面が増えている。批判が乗じて感情的になる場面は人間ならあるだろう。が、終始それでは対話も信頼もないと言われて何が悪いのだろうか。個人の動画チャンネルではどのような話し方をしても、それは自分のスタイルだから勝手にやればいい。が、公共の場として記者会見はあるわけで、そこで自分のチャンネルと同様な攻撃をしていて、許されるのだろうか。私は行き過ぎがあると思う。兵庫県の話、私は未だに何が争点で、どちらが正しいのかを判断できない。

 

与党も野党も茶番。それでは「れいわ新選組」だけが茶番でないという保証はどこにあるのだろうか。私はそもそも、山本太郎が小沢一郎に担がれた人間であったことからして、彼はその茶番ドラマの役をあの会見で降板したのではないかと見ている。

 

 

沖縄県政から国連演説、首脳会談で見えてきたこと

ブログは休業モードになっているが、古代史や政治情勢について考えるのをやめたわけではない。

情報源として国内情勢はSamejima Times頼みになっている。少し政治家の人間性についての洞察を仕入れ過ぎで、つられてその政治家への興味が出てしまうのが欠点。そして、政局屋であることをテーマとする余り、その帰結、人々の生活はどうなるのかという問題を忘れてしまう点が良くない。だから、やはり、他の動画も見ることになる。

オール沖縄の敗戦からの高市2次内閣の組閣。そして予定を早めての国連演説。これは何を見せられたのだろうか。鈴木宗男は復党した存在で弱みというか党内でみそぎ中の立場だから内閣を補佐する立場であり、近しい下地の不出馬説得に回った。そのかいあって保守分裂が回避され、県政の政権交代がなされた。その論功で娘が入閣かという見立てもあったが、重要ポストは留任で噂されたサプライズはなく、最後にスポットライトを奪ったのが細野豪志だったというオチ。間髪を入れずにNYへ予定を早めた渡航。

そうなると、やはり細野豪志を隣に立たせ、あのモテ男のモナ男をもびびらせた高市の熱視線が気になるわけである。

熱視線2、目をそらしたトランプ

私が気になったのは、この人がここまで馴れ馴れしく、自信があるのは、もしかしたら、何かに裏打ちされているのではないか、ということだった。これは非常に不自然で摩訶不思議な光景であり、相変わらずトランプは「サナエ」「タカイチ」という名前を発することはないのに、一方的な「ドナルド」呼ばわり。つまり、私は安倍の後継者であるという宣言である。

そして、日米首脳会談35分。その後のガラガラの国連演説と敵国条項廃止のスピーチ。結局、ここでも安倍路線の更新者であるアピールと、さらなる対中ロ北への強硬姿勢

のアピール。拉致問題のバッチを付けている。私にはこう思えた。あのトランプへの熱視線とは、ある種の役割を演じている者としての共感なり、理解表明なのではないかと。安倍晋三もまたそうであった。長期政権を実現し、アベノマスクで失笑を買い、イベルメクチン推進では孤立させられ、首相を退いてから2人目の新総理の誕生後に悲劇が起こった。しかも、暗殺の犯行理由は統一教会との関係性であった。

見せつけられているものは、こうなのである。トランプはMAGAを掲げ、大統領選挙で圧勝して選ばれたにもかかわらず、昨今の裏切りぶりはひどい。せいぜい、1月のベネズエラ介入ぐらいだろう、トランプのMAGAが論理的な説明ができたのは。が、イラン戦争は本当に「いらん戦争」であると。戦争と和平交渉事態が、まるでプロレスのようである。是非はともあれ、大統領拘束・拉致・監禁という荒療治、これも対中包囲網だとか、国内のフェンタニル問題という理由があった。

が、イランへの介入の理由は、何やら及川幸久が熱心に説明はしたものの、結局は3つの宗教の終末思想が交錯した宗教戦争だ。いや、これは米国とイランの1970年代からの闘いだとかいうものだった。そうしたトランプ応援団の説明はどれも納得できるものではなく、結局、MAGAとはMake IsrAel Great Alwaysだったとしか思えないのである。

だとすると、日本で高市がやっていることはMake jApan Great Againなのだろうかという疑問が出てくる。結論から言えば、Make tAiwan Great Alwaysなのではないか。この2つのMAGA運動の役者としての共感であり、理解者であるという自負、自信があの熱視線にあらわれているのではないだろうか。つまり、ドナルド、あなたの役回りを私は理解しています、一緒に頑張っていきましょうね、という表現なのではないか。

そして、ゼレンスキーらとも会談して、相変わらずのロシア批判。西側の優等生を気取る演出はICC問題にも現れたが、トータルでは外交で対話をという路線ではなく、力による現状変更は認めず、徹底抗戦するという戦意の表明である。ウクライナが許されれば、中露が結託して軍事演習を極東で展開する以上、台湾有事なり沖縄有事がありうる、そういう懸念がある上に、なおかつ、有事の場合は米軍の協力が絶対不可欠であるから、日米関係の緊密性をアピールする。が、ウクライナに対して米国は派兵はせず、武器を提供するのみ。イランに対してはトランプはベネズエラのように短期間で収束できると考えていただろう。とにかく「アメリカが勝利して既に終わった戦争である」という印象づけしか興味がなくなっている。その目的は中間選挙であり、そもそものイスラエルへの協力がエプスタイン問題であったろうことが、もはや明白になのではないかと。

高市の顔芸の自信の根拠はそうした事情は全て共有しているということの現れなのではないだろうか。

で、Samejima Timesは国連演説において、細野豪志の役職の一つがアピールされていたという点を見逃さなかった。私は全部をフォローしなかったから、聞き逃したし、そもそも細野豪志が複数の役職を与えられていることも見逃していた。単にイケメンを隣に呼び寄せたわけではなく、細野は抜擢した期待の星であった「よう」なのだ。

ならば、彼が小沢一郎との関係が深いことを忘れてはならない。またいずれ、日本において二大政党制を確立する政局への布石が行われた、と見てよいのではないだろうか。

 

日米のMAGAが台湾、イスラエルとの政治的統合の動きであると評価できないだろうか。かつて『ヨーロッパの火薬庫』と呼ばれたバルカン半島や東欧地域、そして現在のウクライナ。中東はいわずもがな。極東も実はそうした役割(紛争の結節点)を担わされようとしているのではないか。

8/15、靖国見学

未だに政府自民党に期待していれば日本は安心だと、そう思っている人が多いらしい。というか、皆、自分のことに精一杯でそれどころじゃないというのが本音だと思う。で、わずかな時間を割いて、テレビや新聞を見て政治のことも関心を持たないとと、善意でもって投票をやっているんだと思う。

 

これでは駄目だ。自分達でやらないと駄目なんだと。もっと多くの人が気づかないと。基本、同調圧力が強く、赤信号皆で渡れば怖くないの日本人。で、実際、自分でやれることなんて大して無いじゃないかと、絶望するのがオチ。

 

行動か、認識か。私ができるのは後者でしかないと思う。行動力はないよ、悪いけど。政党を応援する? 政治家個人を応援する? 知らないよ、そんな素晴らしい政治組織や政治的個人がいるとも思えない。どれもこれも疑わしい。

 

麻生がしゃしゃり出てきて皇室典範改悪がなされて、いろいろな政党が何をやっているのかはっきり見えてきた。保守系の政党はどれもこれも駄目だ。「男系男子」「万世一系」、これの起源が2600年前とか言ってる連中とは付き合いきれない。明治時代から始めて、昭和で計算して、初めてそんな概念が出てきて、お祝いしたんだろ?(詳しい歴史は私も知らないけどさ)。

 

靖国に8/15、行きました。参拝はしてません。夕方、飯田橋駅から歩いた。行ってどう思うか、それを確認したかっただけだ。親類縁者を隈無く探せば戦没者がいるのだろうが、遠い親戚であって、あそこで拝む強い理由は感じられない。外から鳥居を眺めたことしかなかったが、中をそれこそ素通りして、意外と普通の神社だった。テレビや映画で見るとオドロオドロしい感じがしていたが。

 

むしろ、私が奇異に思ったことは大村益次郎の銅像がデカデカと建てられていたことだった。さすがに不思議を解消しようと能書きを読んだ。こりゃ、なんか駄目だと思った。大河ドラマ花神。美談にしようと思えば、いくらでも、ああいう方法はあるだろう。が、結局、国民軍を編成するためのインセンティブ装置であった、それだけでしかないのだと思う。さすが西洋の最新事情通、その程度の感想で良いと思う。時々、嘘を言う人がいるが、祀られているのはそもそも官軍の戦没者のみ。逆賊は除外されている。西郷隆盛も坂本龍馬も、そこにはいない。

 

最初の「赤信号」の話に戻るが、じゃあ、そういうビートたけしの組織運営とは何だったか。たけし軍団という名前からして、軍隊を彷彿させるし、それは石原軍団を揶揄する軽いノリかもしれないが、その組織原理とはスパルタ、パワハラのひどいものなんじゃないですかね。それが笑いを生むのだと言えばそれまでだが。ドリフの笑いと大して変わりはない。あれはいかりやvsその他のパワハラ劇というパターンだった。それを視聴率で超えたのが、8チャンネルの剽軽者たちだったとして、パワハラ&セクハラの昭和イズムの集大成だったじゃないか。ついでに言えば、4チャンネルの55号すら、萩本が坂上二郎にパワハラする笑いだったような。あそこに日本人は日常を見て、逆らうに逆らえない状況をやり過ごしていたんじゃないだろうか。

 

ダメだこりゃ。少数意見であろうが、自分の疑問を言葉にすることから再び始めようと思う。

銅像

能書

 

石油本位制から次の国際決済通貨戦争へ?

中東情勢。一体、どこに客観的な事実があるのか。その判断する難しい。

 

ウクライナはまだ手がかりがある。これは始まって数カ月後に手打ちをする状況であったにもかかわらず、イギリスのボリス・ジョンソンが横槍を入れて戦争を継続させた。そういう話であった。これを完全に無視して、戦争開始はプーチン・ロシアが戦争を止めない、大義は西側諸国にあるのだからウクライナ支援で国際世論が形成されている、そういう理解がなされている。そして、現在の戦局についても、ウクライナが国際支援によって反転攻勢を強めている。リベラルはほぼ無条件にこれに賛同する。保守派のみが意見が分かれる。親米保守はウクライナ状況に類似の事態が極東で発生した場合を想定して、力による変更は認めないとしてウクライナ支援を是とする。この保守思想とは対米依存が日本の国益であるという「想定」に依存しているが、その点ではリベラルっぽくは見える。

 

ところが、中東は評価の軸が非常に錯綜している。こちらは停戦の動きは何度か存在して、それなりの局面はあった。が、結局、それらは破棄され続けて、戦争状態は断続しつながらも継続している。状況はウクライナ化している。中東は誰かと誰かが二派に分かれて戦っているという対立ではない。国と国の戦いかと言えばそうとも言えない。国の中の政治勢力が、別個に連携していて、それぞれが大国や周辺諸国と組んでいる。それらの政治勢力とは実はイスラエルが設立に関わっていたりする。そんなことまで踏まえ始めると、そもそも、アルカイダに武器供与したのはアメリカだったという歴史に行き当たる。これらはどういうことなのか。

 

大局を総括すれば、ここは分割統治の考え方の最前線なのだろう。何かの強力な支持基盤が生まれることを阻むための工作が常に行われてきた。そういう地域なのだろうと。

 

ここで、また自分の苦手な分野に視点を移す。1970年代にニクソンショック、金本位制を離脱して変動相場制に移行した。決済通貨としてのドルの負担に耐えかねた米国の横暴だった。これと呼応するように、オイルショックというのが起きた。結果、「ペトロダラー」という仕組みが生まれた。これを翻ってみると、金本位制から石油本位制への移行と評価できないだろうか。表向きの説明と裏の説明。アカデミズムは表向きの説明を行う。が、貨幣という記号は実体経済と離れて自律的に発展することはそもそも可能なのであろうか。可能という実験を仮想通貨は行っていると言われてはいるが。結果は非常に不安定、とてもじゃないが、富の保存手段として安心は得られない。金は経済活動のボリューム増加に対して、あまりにも希少であったと。すると、別の「実体」に寄生するしかなかった。となると、経済活動の基盤たる石油に目が行ったのだろう。石油の取引にドルを使うというルールが出来て、ドルは安定した。ドル支配の陣営としてサウジアラビアなどという国が台頭していった。これを邪魔するものをことごとく米国は排除していった。

 

その結果、何が起きたのか。自業自得で米国は疲弊した。この隙を付いて、ロシアと中国の相対的地位どころか、絶対的地位?すらも向上した。慌ててリカバリーしようと画策しているのが現在の国際政治なのだろう。

 

であるとして、一体、アラスカでの米ロ会談、北京での米中会談とは何だったのか。非常に不思議である。ロシアには国防の威信をかけて歓待する姿勢を見せた。一方で、中国へは、対立・不信の表明をしに行ったのか、それとも経済交流の布石として行ったのか。何が狙いだったのかもわからない。対立するならば、経済界の訪問団を組織する必要がそもそもない。が、対立を演出する映え映像だけは取らせて、通信機やらをその場で破棄して帰った。トランプにとってはアメリカのグローバル企業を引き連れて行けば威嚇になると思ったのだろうか。で、急遽参加させたNvidiaのチップ購入を中国側は拒否。商売はしたいが、お前らの悪巧みは全部お見通しである? そういう強い意志表示でもあったと? 滑稽だ。戦わずして、米国は勝手に疲弊していってくれている。

 

AI、金融、新たな国際決済通貨を巡る争い。ここにも、表向きのアカデミズムが説明する大義とは別の、何かが裏で蠢いているような気はする。ここで、例えば、トランプが全て解決してくれる。彼の戦いを支援すべきだ、なんて言えるんだろうか。言っている人はいるわけだが。無駄なんだから戦争やめるべきだ、それが唯一の答えだろう。

いらん戦争の停戦レビュー

こういうのが世界情勢だとして、とてもじゃないけど理解できないし、理解したくもないと思っている人は多いのではないだろうか。

佐藤優によれば、イラン政権は12イマーム派という宗教的理由から嘘を付いてもいいという相手、合意は独ソ不可侵条約のようなもので、いずれ破るという前提で締結されたもの。核開発施設については破壊する能力、意志ともに米国とイスラエルは持っているから、そこを保留して停戦を協議できた。これで中間選挙を乗り切り、イランの嘘が明確になった時点で攻撃をするつもりである。

そういうことだそうです。つまり、日本でなされている、トランプ敗北という分析は全然ダメである。

誰が正しかったか。あとで答え合わせする以外にない。

しかし、これを戦争地上げ屋と呼ばずして何なのだろう。これが「正義」なのだろうか。12イマーム派は原理主義のカルトであると、言い続ける及川幸久。佐藤もその考え方のよう。それではトランプ政権が支持層として重視する福音派。これはカルト性がないのだろうか。その問題には及川も佐藤も触れていないように見える。カルト同士の終末を巡る策略。

どちらも気が狂っているとしか思えないのだが。聖書に書かれていることは人生の不条理とどう付き合うべきかを教えるものであると思うが、果たして、実際に救世主が復活して救いに来るというストーリーをどこまで信じるべきなのかは、意見が分かれると思うのだが。

そういう点ではオウム真理教とある意味似ているのだが。仏教の思想と修行の世界にキリスト教的な終末論を継ぎ足した。およそあらゆる宗教の要素を集大成したカルトであった。これが東勢冷戦の崩壊を利用して兵器を輸入し、核にも手を伸ばそうとしていたわけである。が、米国、イスラエルは言うまでもなく、イランも核を所有しているという噂である。

トランプのイラン攻撃に対する反応から見えること

宗教というものを理解しよう。そういう話だったが、宗教の方から「自分たちのやっていることはこういうことです」そう教えてくれる展開だった。それは日本に限った話だったのだろうか。

ついに、山口敬之までもがトランプ変節を言い始めた。伊藤貫は就任当初、トランプ政権のスタートダッシュ的な政策発動に評価をしていた。が、彼はトランプの非論理的な言動には当初から否定的ではあった。その後のトランプの散発的行動では、下鞘のトランプアレルギーに戻っている。男系男子派の論客である宇山卓栄も今回のイラン攻撃は全く擁護できないと言っている。

一方で、高市応援団でトランプのイラン攻撃を支持する論客は長谷川幸久や上念司だろう。長谷川についてはハメネイ氏死亡のニュースを笑いながら動画で述べているのが気になった。中東について私は大した認識をしていない。その状態だとしても、仮に金正恩が爆撃で死んだというニュースを聞いたとして、どのような反応で動画を作るだろうか。爽快な攻撃をしてくれた。ありがとう。だろうか。これは絶対に無いと思う。

このような方法で国際問題を解決する正当性は果たしてあるのだろうか。誰が、どのようにこの「正義」の制裁を根拠づけられるのだろうか。この方法で問題解決、紛争解決を許可、受け入れした後には世界戦国時代、以外に未来像というべきものは描けないだろう。

このような考えはナイーブであろう。現に、長谷川幸久は保守派内のこうした分裂に蒙昧呼ばわりを始めている。勇ましい行動を賞賛するのは勇気があるように思われるかもしれない。が、彼がインスパイアされたというミア・シャイマーのような論客がトランプの行動を現在どう見ているかを見れば、これをネオ・リアリズム、これが世界の政治の主流だと豪語するのはどうかと思う。

気に入らない政権は鉄拳制裁。要するにトランプとは世界の「地上げ屋」に過ぎなかったのではないだろうか。これが彼の最終地点だとすればだが。

擁護する保守系のロジックは、イギリス系のDSとの戦いだというものだろう。が、ならば、トランプがイスラエルのネタニアフらの強行保守派の大イスラエル構想のシナリオに沿って動いているような情況はDSにも二種類あって、結局、大枠のDS支配構造は世界の人々を揺るがし、篩にかける分断という統治機構の一環であったという認識しか出てこないだろう。これをどのように論理づけようとも、それはそれで謎解き、陰謀の裏を知った快感は多少あるだろうが、その先には絶望しかないだろう。石破か高市かの2択で救われない、私のような世界認識においては。

 

国際情勢、最悪の事態が進行中

本当に、イラン征伐は「いらん」ことをしてくれたと思う。あらゆる面でそう。まずは生活実感として、今後、ますます暮らし向きは悪くなるだろう。もう、レジャーだとか、そういう余裕はなくなるだろう。1970年代のオイルショックの二の舞にならないことを願う。そろそろ、また何かを買い占める動きが出てくるだろうと思う。値上げ、値上げで庶民が根を上げるだろう。

 

識者?のいう解説、これほど真っ二つに分かれているのは珍しいといいたいところだが、もうほとんど、こういうどちらかの側に立ったプロパガンダ合戦であることは相変わらずだ。しかし、イランが悪の枢軸だとする言説に与する高市応援団、あれはねえ。名前と違って、高い位置から俯瞰して政治をしてくれるならいいが、ポチ位置だからな。米国に追随する、そういう連携だけやっていれば、と。なぜ、ああいう中途半端な時期に総選挙をいきなりやったか。それは、中東で有事があるという情報を知っていた、インサイダーだったということだろう。緊急事態が起きる可能性、それはあるだろう。戦況によっては東アジアの軍事バランスに米軍の戦力が中東重視となれば変化が生じることもあるだろう。であれば、非常にきな臭い事態が連鎖する可能性が0とは言えないだろう。

 

それにしても、米国というのは愚かだと思う。イランから(あるいは米国の周辺国から)ドローンを飛ばして米国を攻撃する? 誰がそんなシナリオを信じるだろうか。仮にそれが起こったとして、それは米国内の動きだろう。南米・北米にイランの友好国、軍事作戦に協力できるような関係の国が果たしてあるのだろうか。イランの暴発、これも本当にイランがやっているかは疑問だと思う。越境3.0chではイラン国内にモサドがドローン工場を建設していたという話を言っていた。こういう工作をしているのはイスラエルだろう。2年前のパレスチナ紛争さえ、怪しい。

 

追記:ベネズエラ作戦、あれはまだかろうじて理解可能だった。が、イラン爆撃は受け入れられないだろう。せめて拉致して人道的に扱えよと思う。米国の側に大義は0だと思う。この情況ではトランプ支持は理解できない。トランプ政権に好意的だった人が寝返っている。エマニュエル・トッドしかり、ミア・シャイマーしかり。手厳しい。